南アフリカ紀行
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 ネルソン・マンデラ

南アフリカの観光地もいいが、私はまず南アフリカの黒人の解放、地位向上にかけた偉大な指導者や闘志達に敬意を捧げてから入るのが儀礼というものであろうと思う。
ネルソンマンデラはアパルトヘイト(人種隔離政策)の廃止・黒人の解放このために生涯を貫いた。彼は実に27年半、約一万日の投獄にも屈することなく、残酷な理由なき人種差別の撤廃という信念を変えず戦い抜いた。
ロベン島監獄で20年、次いでポルスモア刑務所で7年半、その獄中記「戦いは我が人生」は涙なくしては読めない。その監獄島や刑務所の建物を現実に見て、この戦いのすざましさに泣けてきた。
解放された後1993年アフリカ民族会議議長時にノーベル平和賞、その後1994年に大統領就任アパルトヘイトは廃止される。ヨハネスブルグのネルソンマンデラスクエアの像は、あの闘志は秘められ穏やかに見えそれは正にオーラーに包まれた巨人であった。



遠い夜明け
ヨハネスブルグの郵便局で左の一枚の切手を求めた。スティーブ・ビコの記念切手である。南アフリカの黒人社会の地位向上にかけた英雄たち、私はまさに英雄と呼びたい。
その人たちは初代黒人大統領となったネルソン・マンデラ ルーサーキング牧師 マルコムX ・・・その中にこのスティーブ・ビコがいる。
彼は天才的指導者であったが、1977年学生達の集会に行く途中、その地区を出てはいけない謹慎中の身を理由に逮捕されその翌日拘留中に死亡、ハンスト死と公表されるが拷問死であった。若き30才の身であった。
その頃の黒人開放運動の映画で、彼を主人公にした遠い夜明け「CryFreedom」は世界に反響した。

別項に彼の考え方を一部抜粋した。是非お眼通しして頂きたい。ビコのほんの一面にすぎないが、いかにすごい若者であったか。そしてその生涯が「吉田松陰」に似ているところに到達するように思う。

ステーブ・ビコの切手